群馬県桐生市は「西の西陣、東の桐生」と言われているほど、絹織物が有名。その桐生市に本社をおくミヤマ全織は、国産の生糸を使ったシルクブランド「上州絹屋」を展開している。
社長の娘であり、同社専務の中井永佳さんが「上州絹屋」のブランド開発を行っている。
ミヤマ全織と中井さんのモノづくりへのこだわりと大切にしている想いを伝えたい。
終わらせたくない
中井さんは高校を卒業したあと、東京の大学へ進学をした。
「美術系の大学へ進学し、デザインを学びました。ただ、元々会社を継ぐという考えはなかったので、デザインは家業とまったく関係ない木工を専攻しました」
なぜ中井さんは、家業を継ぐつもりがなかったのか。
「幼稚園の時、送迎バスは会社に来てもらってたんです。そして、父と母が仕事が終わるのを待って一緒に帰るという生活。ずっとそんな両親の背中を見て育ったので、会社経営の大変さを感じ、自分にはできないと思ってました」
しかし、出産を経験し、年月を経るにつれて少しづつ考えが変わってきた。
「今いる従業員の人たちの中には、私が小さい頃から働いてくれている人たちもいます。その人たちの顔を思い浮かべた時に、父の代で会社を終えるのは寂しいなと思うようになりました」そして周囲からの後押しもあり、2020年11月にミヤマ全織へ入社した。
難しくても諦めない
ミヤマ全織は、素材選びにも強い想いを持つ。
「群馬県は、昔から養蚕業が盛んなこともあり、今も9品種のシルクがあります。その中から使う原料を選ぶことができるので、素材にもこだわれるんです」
そうした素材へのこだわり、モノづくりへの想いは、養蚕業を始めたことにも表れている。
「素材を作ってくれる方々と、それを使ってモノづくりをする私たちの間は分断していたので、素材について私たちが知らないことがある。自分たちで養蚕業をやることで、素材を知ることができるので、より良いモノづくりができると思ったんです」
しかし「上州絹屋」の主力商品である上州絹タオルは、構想からしばらく製造できない期間が続いた。「弊社のシルク商品は全て、まゆから引いた一本の糸である生糸だけを使っているので、強度が弱い。なので、高速化している最近の織機では、作っている間に生糸が切れてしまうんです」
それでも、諦めることはなかった。7年間の歳月を経て、ようやく協力会社が見つかり、生糸でも量産できる体制が整った。
昔からそこにあるものを大切にする
生糸の製造工程で出る端材を使ったシルク商品を作ることもできたが、ミヤマ全織はそれをしなかった。
「養蚕業が盛んとはいえ、養蚕農家さんは年々減っていて、今は50件ちょっとになりました。生糸が使われないと、更に少なくなってしまいます」
群馬ならではの産業でもある養蚕業や養蚕農家さんを支えたいという想いもあり、生糸を使ったモノづくりにこだわっているのだ。「国産糸のシルクは価格が高いんです。だから上州絹屋の商品は、糸にヨリをかける加工を省くことで、お買い求めいただきやすい価格設定を心がけてます。国産シルクの良さを若い世代の方々にも知ってほしいんです」
またセリシンと呼ばれる生糸が本来持っている成分をあえて残している。
「セリシンは劇薬などの薬剤が残りやすいので、本来は取り除かれることが多い。ただ弊社の生糸は、薬剤を使わずに製糸しています。なので、セリシンを残しても安心して使っていただけます」
「上州絹屋」の商品は、保湿性や美白効果、抗酸化作用などシルクの良い成分を最も多く含んでいる生糸本来の姿、に近いものなのだ。
そんなミヤマ全織/中井さんが大切にしていることとは。「小さい頃から知っている人たちと一緒に仕事をすることになるとは思ってませんでした。ただ、父が繋いでくれたご縁なので、それを受け継ぎ、大切にしていきたいです。またこれまでずっと糸ものやってきたので、そこはブラしたくないですね」
周囲の人たちとの縁、地場産業を支えたいという意思、そして家業へのプライド。昔からずっとそばにあるものを大切に繋いでいく。そんな想いの上に「上州絹屋」というブランドは成り立っているのだと感じた。