全国4万社余りの八幡宮の総本宮である宇佐神宮がある大分県宇佐市。その宇佐市で1978年に創業された佐々商(旧佐々木たたみ商店)は、畳の製造から張り替えまでを行っている。
2021年からは自社ブランドの検討も進め、「たたみたす」という畳の端材を使った積み木を開発するに至った。
社長の佐々木康幸さんの、現状に満足しない”このままじゃダメだ”というスタンスは、自社ブランドの開発や佐々商のモノづくりを強く支えている。
人が喜んでいる顔を見たい
佐々木さんは、高校卒業後に関東の大学へ進学し、その後、東京で就職した。30歳前の時に父親が病気で倒れたことをきっかけに大分に戻り、家業を手伝い始めた。
しかし、仕事を知るにつれ、違和感を覚えていったという。
「当時は、お客様の意見を聞いて商品を提案をするというよりは、職人が必要だと判断したものを売っていたんです。昔はそれでも良かったかもしれませんが、お客様も変わっていると感じ、このままじゃダメだと思ったんです」
「住んでいる人が、どう使いたいか」をしっかりと理解し、その希望を叶えるための提案をするべきだと考えた佐々木さんは、社長である父親に方針変更をするよう伝えた。
だが、簡単には受け入れてもらえなかった。
「父とは何度も衝突しました。一番大げんかした時は、『技術をわかってない』と言われたので、その日のうちに父が修行していた大阪の畳店まで行って、1週間修行させてもらいました」佐々木さんの信念とそれを実現するための地道な努力、そしてお客様の実際の声が父親の心を動かし、2019年に佐々木さんが社長へ就任。佐々木さんの方針で経営を行うことになった。
「昔ながらの職人かたぎな仕事の進め方だと、取っ付きづらいですよね。お客様に丁寧に向き合いながら提案し、お客様が納得したものを買って欲しい。何よりもお客様の喜んでいる顔を見れるのが嬉しいんです」
きれいごとに聞こえるかもしれないが、佐々木さんの自然体な表情を見ていると、真っ直ぐにそう思っているということが、スッと入ってくる。
変えたこと、変えないこと
「商売はお客様に喜んでもらってなんぼだ」そう言い切る佐々木さん。その原点には、佐々木さんの祖母の存在があった。
佐々木さんの祖母は、佐々木商店という町の小さな小売店を営んでいた。
「小さい頃から祖母が接客する姿を見てました。祖母はズバっとした物言いをするタイプでしたが、お店に来て祖母と話しているお客様はみんな楽しそうだったんです」
物言いは強くても、相手の事を思っているからこそ、楽しい会話として成立する。客商売の本質である顧客志向という佐々木さんの価値観は、幼少期の祖母の姿を見ながら培われたものなのだと感じた。
「畳は1ミリ、2ミリの精度が問われる世界。工場から出す時の品質チェックも徹底してしています」父の代から続く品質へのこだわりを表す「一魂一畳(一つの畳に魂をこめる)」は一切変えずに、佐々木さんは「住んでいる人がどう使いたいか」を聞くと言う仕事の進め方へ変えた。
”このままじゃダメだ”と決意した佐々木さんは、10数年かけて自分が理想とする佐々商を確立したのだった。
健全な危機感
そんな佐々木さんが、今感じている危機感。
「小学校の授業に呼ばれて、子供たちに畳に触れてもらった時に、『畳って、緑なんだ』とか『畳の香りって、こういう香りなんだ』って言われたんです。そういう子供たちを目の当たりにした時に、悲しい思いと、このままじゃダメだと思ったんです」
現代社会の畳離れに対して、畳の良さをもっと知ってもらいたいという事を伝えたくて開発したのが「たたみたす」だ。
「畳は弾力性があるので、フローリングに比べれば転倒した時に危なくない。そして、そもそも良いものでなければ、1300年以上も続かないと思うんです」
畳を作るときに出る端材を使っているのが「たたみたす」。
「もったいないという心や畳という日本の文化を併せ持つ商品です。日本の心を忘れて欲しくないなと思って開発しました。昔の畳がある居間がそうであったように、「たたみたす」が家族団欒の場を作るための存在になれたら嬉しいですね」
今の佐々商も、「たたみたす」も、”このままじゃダメだ”という佐々木さんの現状へ満足しないスタンスが生み出したのだと強く感じた。そして、その危機感は決して自社や自分のためだけのものではなく、お客様や社会に対するものでもあった。
実際に工場に伺い、「たたみたす」を握った時の音やその素材感から、佐々木さんが想う”日本の心”を感じた。