取り戻した景色を守る<br> - 昔ながらの製法で作るオイル -

取り戻した景色を守る
- 昔ながらの製法で作るオイル -

大分県の国東半島の先端にある長崎鼻。周防灘に面しているその岬には、2500万本の菜の花が植えられ、満開の時期には多くの人が訪れている。今でこそ景勝地としての地位を確立した長崎鼻だが、十数年前までは耕作放棄地だった。その長崎鼻の”今”を築き上げたのが油花(長崎鼻 B・K ネット)。社長の近藤哲憲さんが地域の人を巻き込みながら築き、そして、その意思を受け継いで油花へ入社したのが松尾周平さん。お二人が長崎鼻と自分達のモノづくりに込めたそれぞれの想いは、心が温かくなるものだった。 

1人の圧倒的な熱量が生んだ長崎鼻

社長の近藤さんは関西で洋服のバイヤーをしていたが、ご両親の介護をきっかけに地元である大分県の豊後高田市へ移住した。

近藤さんが戻ってきた時の豊後高田は、かつての観光拠点としての姿はなく、長崎鼻は耕作放棄地として荒れ果てていた。

「昔の景色を取り戻し、長崎鼻を守りたい。耕作放棄地を花でいっぱいにしよう」

そう決意した近藤さんはボランティア団体を設立し、地域を巻き込みながら十数年かけて取り組みを進め、2015年には花や緑による優秀なまちづくりを表彰する「花のまちづくり大賞(農林水産大臣賞)」を受賞するに至った。

しかし、綺麗な景色を取り戻し、そして維持し続けるためには、資金も必要になる。

そこで油花は、長崎鼻で採れる菜の花やひまわりを使って、オイルを作り始めた。「化学的な肥料や原材料は一切使わず、昔ながらの製法で作っています。そして栽培から製造まで一貫して取り組んでいます」

7〜8年間のご両親の介護を通じて、食生活の大切さを実感した近藤さんならではのこだわり。

「食は健康維持の根幹。手間ひまはかかるが、安心安全なモノを届けたい」

油花が原料となる菜の花やひまわりだけでなく、最終商品まで自分達で作ることを決めたのは、こうした食への徹底なこだわりがある。

そして、その根底には自分たちの長崎鼻で作られた食品が、人の健康に悪影響を与えるモノであってはならないという想いがあったのだろう。そんな近藤さんの想いが詰まった長崎鼻に魅力を感じ、福岡から豊後高田へ移住し、油花へ入社を決めたのが松尾さんだった。

 

”景色”と”人の楽しみ”を守りたい

松尾さんは、長崎県の佐世保市役所に勤務した後、友人と一緒に福岡県で起業した。

「福岡で仕事をしていた時、とあるきっかけがあって長崎鼻に来たんです。その時、ストレスフリーな感覚を覚え、移住を決めました」

そんな松尾さんが油花へ入社することを決めた理由。

「この景色を守りたい。ただ今の従業員も高齢化しているので、誰かが受け継いで行かなければ、継続しないと思いました」

しかし、松尾さんが守りたいと思っているのは景色だけではない。

「花が満開の時期になると多くの方が訪れてくれます。その中で、高齢者の方が『綺麗だったよ。また来年も来るよ』と言ってくれる。高齢者の方々の毎年の楽しみになっているんだと思うと、すごく嬉しいんです」

松尾さんは、長崎鼻を訪れる方々の”毎年の楽しみ”も守りづけたいと思っているのだ。

 

連なる2人の想い

松尾さんは、自分以外の人が楽しんでいること、を大切にしている。

「祖父が早くに亡くなり、祖母は30年くらい1人で過ごしてました。私が小さい頃、夏休みや冬休みに祖母の所に泊まりに行ってました。祖母は、毎回それをすごく楽しみにしてくれていて、普段作らない料理を作ったりしてくれてました」

作れない料理を作りながら、楽しそうにあくせくしている祖母の姿を見るのも楽しかったという松尾さん。

「自分以外の人が楽しそうにしているのを見ると、自分も楽しい時間を過ごせるんですよね」自分が育った地域を守るために、という一心で、昔の景色を取り戻した近藤さん。そんな近藤さんが取り戻した景色を楽しみに訪れてくれる人たちのために、景色を守りたいと思っている松尾さん。

長崎鼻で採れる菜の花やひまわりを使ったオイルには、連なる2人の想いがぎっしりと詰まっている。

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