
1950年に新潟県加茂市で創業された朝倉家具。元々は桐たんすの製造元だったが、需要の減少に伴い、家具や木製雑貨などの企画・製造へ事業を方向転換した。
専務取締役の倉茂円さんは、今のライフスタイルに合う自社商品の開発を推進した立役者の一人だ。
事業の方向転換によって、作るモノこそ変わったが、そこには変わらずに残り続けているものがあった。
諦めずに向き合う
倉茂さんは、2012年に朝倉家具に中途採用で入社した。
「小さい頃、祖母から『加茂市は桐たんすの生産量が日本一。地元のアイデンティティの一つだ』とよく聞いてました。その桐たんすが衰退していく中で、何か自分に出来ることがないかと思って入社しました」
入社当時の朝倉家具は、桐たんす以外の自社商品の開発を始めていた。
「これまで桐しか扱ってこなかった職人さんばかり。なので、桐以外の新しい木を扱うことになった時に、職人さんも『どうしたら良いか分からない』という状態からのスタートでした」
そのような状態の職人たちと向き合いながら、商品開発を進めていた。
「私が『こんなのを作りたい』というと『それは出来ないよ』と言われるんです。でもそこで折れずに向き合うことで、挑戦してもらったり。あまりにも感極まった時は、泣きながら議論したこともありましたね」
朝倉家具のありたい姿の実現に向け諦めない倉茂さんのスタンスが、事業の方向転換を強く推進したのだと感じた。
今の自分が出来ることをやり切る
「入社間もなかったこともあり、自社の技術で出来ることや出来ないことが、よく分かってなかったんです。ただ、これまで作ったことがない新しいモノを作らなければならない状況だったので、分かってないことが逆に良かったのかもしれない」
業界や自社の知識もない中で、ここまでこだわり、周囲の人を動かすのは並大抵のことではない。
「自分が出来ることは、やりきりたいという想いが強かったですね」
そうした価値観は、父親の存在により形成された。
「子供の頃、父は私たちが寝た後に仕事から帰ってくるので、朝しか会えない存在でした。自分たち家族のために頑張ってくれていると感じてました。だから、仕事を頑張っている人は格好良いと思うようになったんです」
ビジネスパーソンとして自分自身のありたい姿にも向き合いながら、仕事をし続けた結果、今の倉茂さんがあるのだと感じた。
人への想いを形にする仕事
今、朝倉家具は、ソファーなどの家具や調理器具などの雑貨など幅広いジャンルのモノづくりを行っている。
「今の商品には、桐たんすを作るための技術が散りばめられているんです。桐たんすの技術は、現代のライフスタイルに合わせた形で活用できる。そして、そうすることで、これまで培ってきた技術を残していきたい」
朝倉家具の今の商品には、長い歴史の中で培われた産地の技術が、変わらず活用されているのだ。
そして、変わらないものは技術だけではない。
「うちの職人さんが『自分たちは、結婚する娘さんへの両親の想いが詰まった桐たんすを作っている。その仕事に誇りを持っている』と言っていたんです。そして、この根底には、使う人に喜んで欲しいという想いがあります」
朝倉家具は、商品を使う人に、どんな暮らしをして欲しいかを考えぬき、商品の企画や製造を行う。
「いち早くショールームを作ったのも、お客さまと直接会話ができる状態を作るためでした。あと、県内だけなのですが、購入いただいた商品を職人が直接納品して、お客さまと会話できる機会を作っています」
時代の流れの中で、朝倉家具が作るモノは変わったが、そこには、これまでと変わらない”技術や朝倉家具らしさ”が詰まっていた。